青春の仲間たち・・・


 

38年という歳月を経ても、一瞬にすべてが蘇ります。

面影を感じ、握手をした瞬間に、まるで別れが昨日のことであったように、何の違和感もなく話に夢中になれるのです。

楽しいことも、苦しいことも共に経験し、卒論作成に苦しみました。

そんな青春時代を共にした仲間だから、時間の溝など直ぐに埋め、あの日のままに話が続いているのです。

 

大学を卒業してから、久しぶりの同窓会になります。

近畿大学水産研究所で、卒業論文を作成した仲間たちとの再会です。

皴が増えたのは当たり前、白髪になったり禿ていたり、見た目はそれなりに老けていますが、面影は残っています。

大学の同級生といっても、我々は優雅な学生時代を共にしたわけではなく、共に厳しい時間を共有した仲間ですから、今でも特別の仲間なのです。

実学の近畿大学の象徴である水産研究所は、我々学生に対しても実学の教育を施してくれました。

水産学科は、1学年で200名ほどおりましたが、専攻科目で人気のあった海水増殖学を専攻できるものは僅かです。

白浜水産研究所は13名,大島実験場4名,浦神実験場8名,新宮実験場2名の合計27名しか専攻できませんから、競争は熾烈でした。

当時の原田輝雄教授以下先生方の厳しい面接により選ばれるのですが、3回生までに卒業論文以外の単位を取得していることを前提に、近大カラーともいえる『素直にハイと言えて、黙って動ける』というタイプで、体力のある者が選ばれたように思います。

何故、体力が要求されるのかについては、現地に行ってなるほどと判ります。

憧れの白浜水産研究所で卒業論文を書けることになり、当初はみんな大喜びですが、実際に、白浜での学生生活が始まると、多くの学生は自分の選択が間違っていたのではないかと思い始めます。

白浜に来たことを後悔し、本学に戻りたいと思う者は少なくなく、過去には実際に脱走した学生もいたほどなのです。

憧れの場所に来たはずなのに、なぜ、そうなるのかというと全てが実学だからだといえます。

当然、学生としての本文である種苗生産や海水増殖に関わる研究はしますが、水産養殖の現場作業についても教育として、立派な一人前の漁師として通用するほどにしこまれることになります。

養殖魚の餌となる冷凍パンは1個で15㎏ほどあり、冷凍車で運ばれてきた冷凍パンを冷凍庫に貯蔵するための過酷な作業に学生も動員されました。

零下25度ほどの冷蔵庫で、多いときは2000個ほどの冷凍パンを、手鉤1本で3mほどの高さまで積み上げるのです。

最初にこの作業を見て、不安にならない卒業生などはおりません。

沖の生簀の網は、貝や海藻やフジツボなどが一面に付着して、海水の流れが確保できなくなりますから、定期的に取り換えるのですが、これが大変なのです。

ただでさえ重い網に、色んな物が付着し何倍もの重さになった上に水切りが悪いですから、その重さは例えようがありません。

それを数人がかりで船に引き上げて交換するのですが、地球と綱引きをしているのかと勘違いするぐらいです。

他にも、高圧洗浄機による網洗いや、生簀の組み立て作業、陸上生簀の配管や洗浄作業など、ハードな現場教育は数えきれないほどあり、多くの学生は続けることができるだろうかと不安を覚えることになります。

しかし、若さとは凄いものです。

そんなハードな現場教育も、1か月もすれば慣れてしまい、夜遊びに行けるほどの余裕になっていますから驚きます。

もはや、不安など消失し、遣り甲斐があり楽しいだけの学生生活になっています。

この現場教育のおかけで、卒論生は体力的には筋肉ムキムキになり、精神的にも打たれ強くなったのです。

 

こんな環境で、我々は生活を共にしました。

元は網小屋であった建物を改造したのが、我々が寝泊まりする寮ですが、真ん中に土間の憩いのスペースがあり、その周りをベニヤ1枚で仕切りをした各部屋が取り囲んでいます。

各部屋は、押し入れ付きの3畳の間に2段ベッドがあって2人部屋になります。

今考えれば、タコ部屋以下かもしれませんが、学生時代の我々には最高に居心地の良い空間だったのです。

学生としての研究も、現場作業も、私生活も、それぞれに担当が振り分けられているのですが、助け合うことに疑問など感じませんでした。

誰かが困っていれば、当たり前のように助け合っていました。

何かあれば総がかりで、その年に初めて産卵・孵化したクロマグロなどは、全員の卒論のごとく協力をしました。

そんな環境で、全員が卒業論文を書き上げることかでき、卒業してから38年です。

 

北海道や山形,広島などからも、同窓会の会場である梅田グランフロントにある近畿大学水産研究所に来てくれました。

近大の魚に舌鼓を打ち、昔話に話を咲かせ、二次会場に移る前に記念写真を撮影しました。

まだ早い時間でしたので、多くの方が並んで待っていただいている前で、ずうずうしくも近畿大学水産研究所の看板をバックに撮影したのです。

仲間が、『お邪魔して申し訳ありません。我々、38年前に、水産研究所でクロマグロやカンパチを作っていた同窓生なんです。記念写真だけ撮らせてください。』と謝りました。

すると、並んで待っていただいている方々が、なんと拍手をしてくださったのです。

写真の笑顔は、その時のものです。

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